「逆転の発想」って単語がすげー気持ち悪い。
なんでかって?
最初から裏返してあるなら、それは「そういうもの」だろ?
食材をいっぺんにフライパンで炒めると、
火が通りにくいものは生焼けになり、火が通りやすいものは焦げてしまうから、
火が通りにくいものを先に入れるわけだ。
これは火の通りやすさを共存させるために、
全ての食材を同時に同じ手法で調理しなければならないという発想を逆にして、
適切な順番で、適切な調理を行えばいい、という結果をもたらしたことになる。
全て一緒じゃなきゃダメだ!→個別にやったほうがうまくいくじゃん?
今では「下ごしらえ」という総称で括ることのできるただの知識にすぎないが、
これを最初に発見して体系化させた人は、
当時の料理人としては強烈な人気を誇っただろうよ。
経験則や知恵だって、突き詰めればただの知識にしかならない。
ダシがとれる食材は、アミノ酸が含まれる食材のこと。
ただの「これはダシがとれる、これはダシがとれない」という経験則を、アミノ酸に着目し、科学的に知識化したわけだ。
それは、昔の人にとっては「鰹節や昆布を水に漬けるとおいしい水ができる」という知恵だったのかもしれないが、
現代人にとってはただの知識にすぎない。
最初っから知識として結晶化されたものを、
経験的にみちびきだされt
・・・・・・・だるいなあ。
ひとつの記事を書くまでに、平均4万文字ぶんが下書きのまま放置されて、無駄に消えている。
世の中が自分と同等以上の人だらけなら、何も言わなくても最初からわかってる・知ってるはずなのに、
そうじゃないから、どう説明するのかを、今も昔も日々悩み続けているわけで。
逆に考えるんだ。
どう言っても理解できないくらいに知的格差が開いているなら、
どう説明するのかを気にするよりも、好き勝手に説明したうえで、わかってくれる人を探すほかないのだと。
どうして入学試験があるのかって?
どうして入社試験があるのかって?
どうして学歴で門前払いされるのかって?
モノを理解するための基礎教養が、絶望的に欠落しているからだよ。
ありもしないくせに「たかが学歴」などと言えてしまうような人種には。
確かに本当に大切なのは学識であり、それを実際に活用する能力なのだが、
学識はおろか学習姿勢すらできあがっていない未熟者から、それを説教される謂れはないわけで。
・・・・・・・・・・・・だるいな。本当に。