いやそもそもさ・・・
米を炊いたら飯になるわけだが、ご飯は料理って言わんだろ?
なぜなら米を炊くのは調理法であって、米が飯になるまでの過程・手段にすぎないからだ。
同じように、肉を焼いたら焼肉やステーキになるわけだが、それらは料理とは言わない・・・はずだ。
が、これは食事という習慣・文化の難しいところで、
日本の場合は「ご飯とおかず」という意識が浸透しているため、
「おかずを用意すること」は料理と呼べてしまうし、そう強弁されたら反論は面倒になる。
じゃあ両者の違いは何かというと、もっと厳密に突っ込む必要があるのよね。
現代人の大半は、ご飯なんて炊飯器、よくて土鍋にお任せだ。
ボタンひとつでやれることを料理とは、そうそう呼ばない。
要するに手間の問題なのだ。
わざわざ炊く直前に新米を精米して羽釜と薪で炊きました、
水は雪解け直後の湧き水なので超軟水です、
というならまあ、ご飯単品で料理といわれても納得してしまうだろうしな。
焼肉やステーキも、肉の厳選とはすなわち家畜の厳選、肥育過程の厳選であり、
よい個体、適切な管理と熟成、丁寧な捌きと焼き加減、
最適なソース、たれ、薬味、付け合せ、サイドメニュー、食前酒ないし食後酒まで用意されれば、立派な料理だ。
卵かけご飯だって、よい卵を産む鶏の厳選、肥育過程の厳選、
上記の通りご飯そのもの、あるいは醤油そのものにこだわって、
醤油を作った蔵と大豆と年度にまでこだわったというなら、料理として認識してもいいかもしれない。
焼き鳥や焼きそばでもたこ焼きでも何でもいいんだけど、
ただ何かをするだけ(焼くだけ)だとしても、味や具材にこだわり、
手間をかけ、その調理法を経ることで食卓のメインを張れるだけのことをしたのなら、立派な料理なのだよね。
だとしても、料理と調理法は別だ。
現代社会においては特に、
料理と調理法の区別は、
感覚的な要素によって手間の問題に集約されがちであるというだけで。
もちろん状況が変われば、上記の言種だって簡単に覆せる。
だからより本質的な=感覚的な話をするとさ・・・
あなたの得意料理は何ですかと言われて、卵かけご飯ですと回答する度胸はおありかね?
本質的にはふりかけご飯と卵かけご飯って何も変わらないし、
手作りふりかけですってわけでもないなら、ただ買ってきたものを添えるだけ。
それは子供でもやれる。入浴や排泄と同じように、手間というほどでもない。
それを手間だと言い張るのは勝手だが、
文字通り「健常者なら誰でもやれる」ことを
手間だ苦労だと言い張るような、
常軌を逸したキチガイとは、同じ世界で暮らしていたくないのだよ。
わからないんだろうね、そういうことが。わかるつもりもないんだろうけど。
家事は年収1000万だと言い張るフェミババァは減らないが、
じゃあ家事で1000万稼いで家政婦雇えよ。
一人暮らししてる男は全員年収1000万か? そうじゃねえだろアホ、という・・・
その程度を苦労だの手間だのと認識したっていいが、
そんなこと言ってたら「一人でウンチできて偉いね」になってしまう。
文字通りの意味で、ガキか? 貴様は。
貧乳デブスフェミおばさんは、とにかくケチつけたいだけなんだよね。
自分が無能で無価値で、むしろ有害で迷惑だけど、プライドだけは高いから。
自分にあった価値は若さと膣だけ=人口増加に貢献できる能力があったからであり、それ以上のものではなかったのに。
だから勉強もせず、技能を磨きもせず、若さで許されているうちに人間としての価値を高めなかったせいで、
同じ女からさえも嫌われた結果、人口の過半数が女である今の日本では、女性票の大半が男性候補に流れる。
ケチつける私のほうが偉い、正しい、客観的だと思い込んで、賛同者を得たぶんだけ思い上がる。
実際には99%から反感を買っただけなのに、1%にでも賛同されたら、この世の王か何かになったつもりでいる。
お前は婚活で、得意料理は卵かけご飯だと自己紹介する度胸があるのかね?