関連しつつもまったく関係ない話なんだけど、
たとえば、ただの風景写真だの風景画だのであっても、その被写体となった土地・建物の所有者はいるわけで、
要するに全ての写真だの風景画だのは、誰かの権利を侵害しているわけですよ、厳密にはね。
ただ現実的に考えて、全ての可能性にいちいち対処するコストはありえないくらい膨大なものになるから、
ほとんどの人がその種の問題に突っ込みは入れない。
観光地なんかどんどん写真とって好評を広めてもらってナンボな部分が8割だからね。
ようは「厳密にはAなんだけど、現実的な諸事情あってBなんだ」というオハナシ。
僕はよく「感情はあってもいいけど最後まで絶対に出すな」って教えるんだけど、
つまりはそういうことなんだよね。
感情が豊かであることは大事なんだよ、他人の痛みを知るために。
「誰だって嫌だと感じること」の水準を共有できない人とは一緒にいられないから。
だが感情的であることは許されないんだよ、他人を傷つけないために。
それこそ感情的であってもいいというのなら(仮定)、僕はお前らの愚劣さに対して躊躇なく暴力で報いるわけだし。
彼女が彼氏に「たまにはまーくん(仮名)の作った料理が食べたいな」と甘えるのは、
その程度の欲求や感情や願望は、まああっても困らんだろうよ。
ただ、そうやって要求した挙句文句ブー垂れて相手に不信感を抱かせた前科が一切ない、
感情的になって相手を傷つけた前科がないのなら、という場合に限定されるがね。
感情はあってもいいのだが、
感情を出すってことは「絶対に引かないぞ」って表明でもある。
それ以上踏み込むな、踏み込んだら戦争だぞ、という最終警告。
そもそも感情ってのは、その人の存在・尊厳・価値観など、その人そのものであるといっていいからね。
だから相手を尊重しようとする限り、
先に感情を持ち出されると、
相手の感情を否定するわけにはいかなくなる。
そして、バカほど軽々に感情を口にする。
賢い人ほど、軽々に感情を口にしない。
特に、好きだの嫌いだのという、個人の、「対人」意思表示を明確に行うようなマネはしない。
なぜかって? それくらいわかるだろ、さすがに・・・あなたがヒトの名に値する動物ならば。
まあ、それを躊躇なく行い、言動に露骨に反映させたがるから、女は社会に出てくるなと言われるのだがね。
同様に「モテない女」「結婚できない女」ってのは、その種の感情を自制はおろか自覚すらできてないわけよ。
軽々に「~って絶対無理、ありえない」だなんて、お前が言われたらどう感じるのかって話だよ。
貧乳は無理、ババァはナシ、処女じゃないとか論外、挙句何でも男のせいにするとか問題外。
・・・な? 激怒するだろ?
このブログ大半もそうだが、
僕個人がそう信じてそう訴えたいと言っているわけじゃないのにな。
そもそも「あなた」だの「お前ら」だのは、脳内に存在する仮想人格(通称「喋る壁」)だからな。
別にこれを読んでいる、実在するあなた個人を指しているわけじゃない。
だから、これらの発言は、発言者が僕でなくとも、聞き手があなたでなくとも成立する。
「太陽が東から昇る」のと同じレベルの話でしかない。
英語で書くと現在形になるやつね。
もちろん、僕の行動原理はだいぶ感情的だが、
感情にも理屈はあるからね。
「殴られれば痛いから防ぐ」し、「侮辱されれば不愉快だから反論する」し。
それゆえに、究極的に、理性的な判断など存在しない。
ただ、いかなる感情に基づく判断が、
いかなる客観性や合理性を伴っているのか、というだけで。
お前らのようなバカを相手にするなら、
「最終的に増え続けた面倒を処理するのが僕みたいな人種だから」、
僕はお前らのようなバカが相手でも見捨てはしないというだけで。
昔の人はその原理を「情けは人のためならず」と呼んだがね。
哲学というか、自省というか。この種の思索は、自分に問うことでしか上達しないからね。
大人なのか子供なのかという話をするなら、この種の自己鍛錬ないし自省が足りていない人は、
まあ、どうあがいてもガキだし、魅力も感じない。
感情の使いどころを間違えているからな。
少なくとも「こちら側」にはいられない。だからロクでもない、感情的な男ばかり相手にしては絶望をする。
「未熟」って言葉の意味くらいよく考えたほうがいいとは、「感じる」けどな。